仕方無いだろう?:01

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    失う事も、必然? それなら、一体何の為に出逢ってしまった?
    一時(ひととき)得る事さえ、いずれ失う為の布石でしかないと言うのなら。 それは…どうしようもなく、哀し過ぎて。 泣く事さえ、無意味に思えてしまうほどに。

    それ以外の意味が、きっと…まだ何処かに。
    そうと信じても、今は…まだ。 どうしても、何処にも、何も…見えないから。

    慌しく過ぎる毎日が、この際…とても有難い。 考える余裕さえ無いほどに忙殺されて、たまには…何も考えられないほどの、身体的な疲れだけで眠る事も出来るから。
    過ぎたと思うほど、失ってしまった数々より。 たった一つ…が、それ以上に、何より痛くて。
    それほどまでに、大きなものだなんて…思った事さえ無かったはずなのに。 自分の認識よりも、よほど素直な…自分の感情。

    …口惜しいくらいに。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…信じられない」
    たったそれだけ、呟くような言葉。 だからこそ知れる、心底からの不信感。
「そりゃ…どーも」
主語も目的語も欠いた言葉でも、何を指して、誰の事を言っているのか…分かってしまうから。
「…だけど、ねえ?相原君? 自分だけを基準に、ヒトを量(はか)んないでくれませんかね?」
    こんな時でも変わらない、茶化したような南部の口調がどうしようもなく、気に障(さわ)る。 黙っていてもささくれ立っている神経を、これ以上無いほどに逆撫でていく。
「だって…まだ、一ヶ月も経ってないんだよっ!?」
    その口調が、さほどアテにならない事なんて、これまでで良く分かってるはずなのに。 それでも…どうしても、突っ掛かってみないでは居られないくらいに。
「だから、相原は『相原のやり方』で悔やめば? 俺も『俺のやり方』で、やってくから」
    あっさりと斬り捨てるように、達観してる…とまで思えそうなほど、突き放した言葉。
「島さんにも、太田にも。 それぞれのやり方が有るんだから、お前なんかに言われたかないと思うし」
こんな時だからこそ、今までなら気にもならなかったような言葉の端にさえ引っ掛かる。
「…っ!あのねえ…っ!?」
「『動いてなきゃ、やってられない』ってヒトだって、居るのよ? 相原君?」
    一方が、感情的になればなるほど。 もう一方は、どうしようもなく冷(さ)めていく。 そんな詰まらない事まで、一生懸命にバランスを取ろうとする、人間の精神。
「余計な事をしようとすれば壊れそうだ…ってんなら、その場にじっと立ち止まって、動かないでいれば良いよ。 お前みたいに」
    …随分と、久し振りに見るような気がして。 思わず…見とれて、黙ってしまうほど。
「だから…一旦立ち止まったら、もう二度と動けなくなりそうな…俺にまで、押し付けないで欲しいんですけどね?」
ここまで素直に、思っている事を口に出してしまう南部なんて。
「俺は…お前じゃないから。 お前が、俺じゃないように」

    どちらにとっても、失ってしまったものの実際は同じ。 それに対する重さも、きっと…殆ど変わらない。 そのことに対する想いだって、恐らくは…その通り。
    それでも、それを昇華していく方法は一つだとは限らないから。

「…だって、お前の場合は…島さんが生きてるだろ? 太田も」
    生き永らえてしまった、たった…18人。 今ここに居るどちらもが、その中の1人。
「通信班長(おまえ)が、何を…どうする事も捨ててしまっても、航海班(うえ)に2人とも居るから、どうにでも…なるだろう?」
    職務に掛かる責任として、さして「動けなかった」為に、生き延びてしまっただけ。
「俺が…同じ事やったら…やっても、それを被(かぶ)る人は居ないんだよ。 嫌でも、どうしても、動かないで居たら…いつまでも、何も、全然…終わらないんだよ」
    死にたかった訳じゃない。 それでも、生き永らえた自分を喜べない。 むしろ…口惜しいだけ。
「だから…俺は、お前じゃない。 お前と同じ方法を選んだら、いつまでも…『今』から動けない」
    永らえた現在(いま)が、これほど辛いと分かっていたなら。 いっそ…死んでしまった方が、よほど楽だった…とまで、真剣に思えてしまうほどに。
「俺は…お前と同じ方法じゃ、いつまでも、何処にも逃げられないんだよ…っ」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    あの、帰還直後に子供のように大泣きしたのは、相原。
    誰もが、泣けてしまう自分をどうにも止められないでは居たけれども。 先を越された俺たちは、つい…うっかりと、それを宥める側に廻ってしまって。 どうしても…それ以上に、本気で泣ける機会は失ってしまって。
    そのまま、今まで。

    死に逸(はぐ)れてしまった、18人。
    その中で、また。 指揮系統の最上位に、仕方無く取り残された人が…目の前に居て。
    普通に帰還したのではなく、艦を失って戻るという事がこんなに、面倒で煩雑な後が有るとは思わないでいた。
「もう…そろそろ、終わりますね」
それも、今までの時間の経過にわずかを残すだけになって。
「…そうだな」
    雑多な処理の終わる事を、決して歓迎していない互い。 それを終えてしまったら、この…記憶以外にあの艦との関わりを失ってしまうから。
    そうして…否応無く訪れるだろう、有閑。 忙しさに、考えなくとも済んでいた事を、為(な)す術(すべ)無く思ってしまうだろう…今後(これから)。

    …逃げられない、これ以上は。
    逃げ続けた、嬉しくも無い仕事を喰い潰してしまうから。

「全部終わったら…どうするんですか?航海長は?」
    艦隊の殆ど全てを失ってしまったから、まだしばらくは地上に留(とど)まらざるを得ない事は、分かり過ぎるほど目に見えていて。 それだからこその太田の、島への問い。
「…有るだろう?何か…は」
    どんな性質のものでも、何か。 その間は、何も考えないで済むだけの仕事が、何か。
「その…後は?」
「…乗るさ。 それしか出来ないからな、俺は」
    何を失っても、誰を…亡くしても。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    血と硝煙の匂いのする時代に、仕方無く生まれてしまって。 そのどちらも否応無く、この身に染み付いてしまって。 もう…どうにも、拭えないほどに。
    その道程(みち)は。 知るも知らぬも、数多(あまた)の血と骨と肉を踏みしだいて、造られてしまったものだと分かっているから。 今更、振り返ろうとさえ思わないけれども。
    …それでも。
    現在(いま)を塗り直せる何処かまで、時間まで巻き戻す事が出来ると言うなら。 そんな道も望んで、歩いてみせるのに。

    叶うはずの無い事を、繰り返し、繰り返して思う愚かしさ。

    それでも…それも。 簡単に失くせそうな平衡を保つ為の、一つの手段。

    光の無い、まとわり付くような湿った闇。 細かく、揺れ震える足下。 いっそ、壊れかけた全てのバランス。 だから…何処にも、どうにも動けないで、立ち尽くしたまま。
    手探りで、這うよりもまだ遅く、進んでいるのかいないのか分からないほどの速度で。 この暗がりを抜けてしまわないと、きっと…何処にも辿り着けないから。

    …仕方無いだろう? そんな事を思っていられる俺は、まだ…生きているんだから。

    どんなに遅々とした歩みでも、生者は先に進んで行くから。 その時間(とき)から動けない死者との距離は、どうしても開くばかり。
    そして、いつか。 その距離が、視認を許さなくなって、生者は死者を見失って。 それが…時間の流れというものの、正体。
    それが…生きていくという事の、実際。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …何もかもが終わったなら、取り敢えずは…一度。 泣きそびれたあの日を、取り返そう。
    まだ…たった1人の為にでさえ泣けないままで、あの日からずっと過ごしてきたから。 取り敢えずは…その「たった1人」の為に、それを失ってしまった…自分の為に。

    だって…仕方無いだろう?
    時間の流れに、いつか。 本当に仕方無く、そう思って、そう言えてしまう日が…いずれは来るのなら。

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Last Update:20040722
Tatsuki Mima