失う事も、必然?
それなら、一体何の為に出逢ってしまった?
一時(ひととき)得る事さえ、いずれ失う為の布石でしかないと言うのなら。
それは…どうしようもなく、哀し過ぎて。
泣く事さえ、無意味に思えてしまうほどに。
それ以外の意味が、きっと…まだ何処かに。
そうと信じても、今は…まだ。
どうしても、何処にも、何も…見えないから。
慌しく過ぎる毎日が、この際…とても有難い。
考える余裕さえ無いほどに忙殺されて、たまには…何も考えられないほどの、身体的な疲れだけで眠る事も出来るから。
過ぎたと思うほど、失ってしまった数々より。
たった一つ…が、それ以上に、何より痛くて。
それほどまでに、大きなものだなんて…思った事さえ無かったはずなのに。
自分の認識よりも、よほど素直な…自分の感情。
…口惜しいくらいに。
◇
◇
◇
◇
「…信じられない」
たったそれだけ、呟くような言葉。
だからこそ知れる、心底からの不信感。
「そりゃ…どーも」
主語も目的語も欠いた言葉でも、何を指して、誰の事を言っているのか…分かってしまうから。
「…だけど、ねえ?相原君?
自分だけを基準に、ヒトを量(はか)んないでくれませんかね?」
こんな時でも変わらない、茶化したような南部の口調がどうしようもなく、気に障(さわ)る。
黙っていてもささくれ立っている神経を、これ以上無いほどに逆撫でていく。
「だって…まだ、一ヶ月も経ってないんだよっ!?」
その口調が、さほどアテにならない事なんて、これまでで良く分かってるはずなのに。
それでも…どうしても、突っ掛かってみないでは居られないくらいに。
「だから、相原は『相原のやり方』で悔やめば?
俺も『俺のやり方』で、やってくから」
あっさりと斬り捨てるように、達観してる…とまで思えそうなほど、突き放した言葉。
「島さんにも、太田にも。
それぞれのやり方が有るんだから、お前なんかに言われたかないと思うし」
こんな時だからこそ、今までなら気にもならなかったような言葉の端にさえ引っ掛かる。
「…っ!あのねえ…っ!?」
「『動いてなきゃ、やってられない』ってヒトだって、居るのよ?
相原君?」
一方が、感情的になればなるほど。
もう一方は、どうしようもなく冷(さ)めていく。
そんな詰まらない事まで、一生懸命にバランスを取ろうとする、人間の精神。
「余計な事をしようとすれば壊れそうだ…ってんなら、その場にじっと立ち止まって、動かないでいれば良いよ。
お前みたいに」
…随分と、久し振りに見るような気がして。
思わず…見とれて、黙ってしまうほど。
「だから…一旦立ち止まったら、もう二度と動けなくなりそうな…俺にまで、押し付けないで欲しいんですけどね?」
ここまで素直に、思っている事を口に出してしまう南部なんて。
「俺は…お前じゃないから。
お前が、俺じゃないように」
どちらにとっても、失ってしまったものの実際は同じ。
それに対する重さも、きっと…殆ど変わらない。
そのことに対する想いだって、恐らくは…その通り。
それでも、それを昇華していく方法は一つだとは限らないから。
「…だって、お前の場合は…島さんが生きてるだろ?
太田も」
生き永らえてしまった、たった…18人。
今ここに居るどちらもが、その中の1人。
「通信班長(おまえ)が、何を…どうする事も捨ててしまっても、航海班(うえ)に2人とも居るから、どうにでも…なるだろう?」
職務に掛かる責任として、さして「動けなかった」為に、生き延びてしまっただけ。
「俺が…同じ事やったら…やっても、それを被(かぶ)る人は居ないんだよ。
嫌でも、どうしても、動かないで居たら…いつまでも、何も、全然…終わらないんだよ」
死にたかった訳じゃない。
それでも、生き永らえた自分を喜べない。
むしろ…口惜しいだけ。
「だから…俺は、お前じゃない。
お前と同じ方法を選んだら、いつまでも…『今』から動けない」
永らえた現在(いま)が、これほど辛いと分かっていたなら。
いっそ…死んでしまった方が、よほど楽だった…とまで、真剣に思えてしまうほどに。
「俺は…お前と同じ方法じゃ、いつまでも、何処にも逃げられないんだよ…っ」
◇
◇
◇
◇
あの、帰還直後に子供のように大泣きしたのは、相原。
誰もが、泣けてしまう自分をどうにも止められないでは居たけれども。
先を越された俺たちは、つい…うっかりと、それを宥める側に廻ってしまって。
どうしても…それ以上に、本気で泣ける機会は失ってしまって。
そのまま、今まで。
死に逸(はぐ)れてしまった、18人。
その中で、また。
指揮系統の最上位に、仕方無く取り残された人が…目の前に居て。
普通に帰還したのではなく、艦を失って戻るという事がこんなに、面倒で煩雑な後が有るとは思わないでいた。
「もう…そろそろ、終わりますね」
それも、今までの時間の経過にわずかを残すだけになって。
「…そうだな」
雑多な処理の終わる事を、決して歓迎していない互い。
それを終えてしまったら、この…記憶以外にあの艦との関わりを失ってしまうから。
そうして…否応無く訪れるだろう、有閑。
忙しさに、考えなくとも済んでいた事を、為(な)す術(すべ)無く思ってしまうだろう…今後(これから)。
…逃げられない、これ以上は。
逃げ続けた、嬉しくも無い仕事を喰い潰してしまうから。
「全部終わったら…どうするんですか?航海長は?」
艦隊の殆ど全てを失ってしまったから、まだしばらくは地上に留(とど)まらざるを得ない事は、分かり過ぎるほど目に見えていて。
それだからこその太田の、島への問い。
「…有るだろう?何か…は」
どんな性質のものでも、何か。
その間は、何も考えないで済むだけの仕事が、何か。
「その…後は?」
「…乗るさ。
それしか出来ないからな、俺は」
何を失っても、誰を…亡くしても。
◇
◇
◇
◇
血と硝煙の匂いのする時代に、仕方無く生まれてしまって。
そのどちらも否応無く、この身に染み付いてしまって。
もう…どうにも、拭えないほどに。
その道程(みち)は。
知るも知らぬも、数多(あまた)の血と骨と肉を踏みしだいて、造られてしまったものだと分かっているから。
今更、振り返ろうとさえ思わないけれども。
…それでも。
現在(いま)を塗り直せる何処かまで、時間まで巻き戻す事が出来ると言うなら。
そんな道も望んで、歩いてみせるのに。
叶うはずの無い事を、繰り返し、繰り返して思う愚かしさ。
それでも…それも。
簡単に失くせそうな平衡を保つ為の、一つの手段。
光の無い、まとわり付くような湿った闇。
細かく、揺れ震える足下。
いっそ、壊れかけた全てのバランス。
だから…何処にも、どうにも動けないで、立ち尽くしたまま。
手探りで、這うよりもまだ遅く、進んでいるのかいないのか分からないほどの速度で。
この暗がりを抜けてしまわないと、きっと…何処にも辿り着けないから。
…仕方無いだろう?
そんな事を思っていられる俺は、まだ…生きているんだから。
どんなに遅々とした歩みでも、生者は先に進んで行くから。
その時間(とき)から動けない死者との距離は、どうしても開くばかり。
そして、いつか。
その距離が、視認を許さなくなって、生者は死者を見失って。
それが…時間の流れというものの、正体。
それが…生きていくという事の、実際。
◇
◇
◇
◇
…何もかもが終わったなら、取り敢えずは…一度。
泣きそびれたあの日を、取り返そう。
まだ…たった1人の為にでさえ泣けないままで、あの日からずっと過ごしてきたから。
取り敢えずは…その「たった1人」の為に、それを失ってしまった…自分の為に。
だって…仕方無いだろう?
時間の流れに、いつか。
本当に仕方無く、そう思って、そう言えてしまう日が…いずれは来るのなら。
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Last Update:20040722
Tatsuki Mima