話をする時間は有るか…と、問うておきながら。
なかなかに、言葉を切り出せないでいる…兄の友人。
その…躊躇(ためら)いの永さが、きっと…今日までの8年間。
…だから、俺は。
軽く溜息を、一つ吐いて。
「どうして…兄貴を生かして、連れて還ってくれなかったんですか?」
前触れの無い、俺の言葉に。
わずかだけれども、確かに揺れた表情。
「兄貴は死んだのに、どうして…古代さんは生きているんですか?」
投げ付けてみた言葉に、想像していた…以上の反応を見せてしまう古代さんに。
「そう…恨み言を言えば、満足ですか?」
思わず…苦笑してしまった、素直な自分。
◇
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◇
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いつだったか、自分さえも同じ事を思って、そうとぶつけた人が居たから。
そう言われてしまう事は、当然だと思っていた。
しかし、言われてみれば…覚悟していた、その数倍もその言葉は刺さってきて。
だからこそ。
「満足ですか?」
その後に即座に追い掛けてきた、問いが。
そうと、苦笑しながら問うてくる相手に…途惑って。
「俺は、ね?古代さん?」
逢わないでいた8年に、それぞれ年齢を積み重ねて。
「何も無いんです、古代さんに言いたい事なんて」
見下ろすばかりの「子供」でしかなかった人は、いつの間にか同じような身長になっていて。
「兄貴に…言いたい事なら、山程有りましたけどね」
一見しては、顔も声も、死んでしまった友人を思い出させるものは、何も無いのに。
「どうして、勝手に死んだんだ…って。
同じ艦で、古代さんはちゃんと生きて戻って来ているのに。
どうして兄貴は、1人で、勝手に死んでるんだ…って、ね?」
何かの拍子に見える、ちょっとした仕種や話し方の癖なら、嫌と言うほど似ていたりして。
「…同じ事を、兄貴に思いませんでしたか?」
…今までずっと、問うても返答の戻って来ない事だから、言わないで…言えないできた言葉。
「…悪いですけどね、俺」
それを言ってしまって、確かに心の軽くなっている自分を感じている。
その代わりに今、古代さんを大いに途惑わせてしまっているのも、しっかりと分かっているけれども。
「兄貴より、古代さんの方が絶対、先に…死ぬだろうと思ってましたよ?」
それも…あまりに想像していた通りで、逆にどうしても…おかしくて。
自分で重ねた言葉に、今までの苦笑ではなく、はっきりと笑えてしまって。
それで…やっと、古代さんは。
まだ、多分に途惑いながらも、困ったように…笑ってみせた。
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◇
◇
時間(とき)が戻っていく。
たまには、友人の家に足を運んでいた自分。
意外に…居心地が良くて、逆にあまり通わないでいた。
伝えたくも無い事を、告げねばならないのは…辛い。
その言葉の先に、どれだけの嘆きが見えるから。
自分自身で良く知っている、だから…見たくない。
けれども、他の誰かにそれを任せてしまうのは…もっと辛い。
どうにも誤魔化せない、誰かが告げねばならない事なら。
それは…きっと、自分の役目だから。
職務ではなく、立場でもなく。
ただ…友人として。
眼前に、やはり…見たくなんてなかった光景。
そうして、意識的に封じ込めた、この8年間。
◇
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◇
「本当に、何も…恨まなかったか…と言われたら、何とも…答えられませんけどね」
古代さんに言いたい事なんて、何も無かった。
その言葉の実際を問われて、また正直に。
分からなかった、今でも…どうだったのか分からない。
「だって…古代さん、あの時一度しか来なかったでしょう?」
あの艦が帰還した時、兄の死を告げられた時のただ一度だけ。
「それから…ずっと、来なかったでしょう?」
凍り付いて動かない、ひどい困惑を面(おもて)に張り付けたまま。
恐らくは、言いたくなかっただろう言葉を無理矢理に吐き出して。
こちらにとっては、聞きたくなかった事実を告げた時の、一度だけ。
一番最初に、とても強過ぎて…意外なほど静か過ぎる驚き。
それから、信じられない…どうしても信じたくない気持ちが、この思考を止めた。
それでも…薄く、憶えている。
少しばかり早く、その事実を目の当たりに見ているから。
今、自分たち…家族の感じている驚きや途惑いなど、疾(と)うに通り過ぎてしまって。
一見…冷静な。
しかし、とても純粋な哀しみ。
黙っていても、ただ泣けるほどの。
溢(あふ)れてしまいそうな涙と想いを、無理矢理に堰(せ)こうとすれば、どうしても。
自然、作られてしまう…不機嫌そうな表情(かお)。
そんな事に気付けるのは、こちらもやはりそれだけの時間が通り過ぎてからの事。
同じ行動に、同じ表情を作ってしまっている自分に、やっと気付いた頃。
けれども、その時には…もう。
そんな顔をしていた人は、訪ねては来なくなってしまっていたから。
◇
◇
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◇
時間が、戻っていく。
たまには、兄の友人の来る事もあった頃。
その時には、兄も…必ず一緒に居たから。
まだ子供だった自分でも、物分かり良く、理解しているつもりだった。
それが兄の仕事で、家に居着かないのは仕方の無い事なのだと。
けれども、そんな事に寂しさを感じていなかった訳じゃない。
思い出したようにしか来ない、その人が。
必ず…兄を、家に連れ帰って来ると言うなら。
その理由だけで、とても歓迎すべき人だった。
古代さんは来ない、だから…兄も帰って来ない。
どちらの姿を先に、見失ってしまったのか…を思い違えてしまいそうだった、この8年間。
◇
◇
◇
◇
たった1人の為に、停滞していた時間。
そうと思い出すのがとても辛くて、最初は。
関わる事は責められそうで怖くて、それから。
そんな事を避けて通る事に慣れてしまって、今まで。
そんな時間の永さに、少しばかりは薄れてしまいながらでも、続く辛さが。
目を逸(そ)らせ続けている事の所為だと、気付けないまま。
そのどちらにも、互いを責め問う意味も意思も術(すべ)も持たない事にも、どうにも気付かないまま。
過去にしてしまって構わない、過ぎて戻らない事だと思い知らされて構わない。
泣きながらでも、無理矢理に笑ってしまいながらでも、ただ。
もう居ない人を、憶えていてくれる誰かと。
口惜しいけれども、懐かしく。
記憶を思い出として語れる相手を、渇して求めていた事をやっと…今頃。
気付けないで…無駄にした、8年。
強固過ぎた、感情の堰。
やっと…そんな時間が融けて、流れていく。
「一つだけ…訊いて、良いかな?」
ここに来るまで、そんな事さえ知らなかった。
「…どうぞ?」
知ったその事は、自分にとっては…意外な気がしたから。
どうしても、一つだけ。
「何故、操舵士を…航法を選ばない?
選ぼうとは…考えなかった?」
…訊かれるんじゃないかな、とは思っていた。
だって…それは、ここに来てからの1年半に、嫌と言うほど問われた事だったから。
「古代さんも、お兄さん…居ましたよね?」
そんな事を逆に問われて、また途惑いながらも「ああ」と答えるのを待って。
「お兄さんに、勝てた事有ります?
何でも、構いませんけど…勝てなかったんじゃないですか?」
普通の兄弟なら、そんな逆転も在り得るかも知れない。
だけど…俺も、古代さんも。
「兄」の方には、容易(たやす)く引っ繰り返せないだけの基礎と経験を重ねるだけの、大きな年齢差が在って。
「まだ子供の頃に、兄貴には一生…絶対敵わないんだろうな…と、諦めた事は?」
そう…どうせ、敵わない。
誰もが、俺の後ろにまだ…兄貴を見ているようでは、絶対に。
兄貴と俺が、違う人間だと良く分かっているはずの古代さんでさえ。
今、こう…と訊いてくるようでは、尚更に。
「…そういう事です」
◇
◇
◇
◇
上空に、練習機が飛行機雲(ウェーキ)を引く。
それはもう、少し傾いた陽に、薄く赤味を乗せていて。
「じゃあ…俺は、戻ります」
まだ、それを仰いでいた古代さんに。
「ご存知の通り、時間に遅れたら夕食喰いっ逸(ぱぐ)れますから」
ここに居る間は、これが最後…のつもりで笑ってみせて。
数歩進んだ、この背中に。
「…実機訓練、覚悟しとけよ?島?」
「まあ…せいぜい、お手柔らかに願いますよ。
古代教官?」
俺は、振り返らないままで、片手だけを軽く挙げてそれに応えた。
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Last Update:20040807
Tatsuki Mima