大嫌い:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    3階の廊下の窓から、飛行科の滑走路が見えていた。
    顔なんてとても判断付かないはずの距離で、何故だ…と問われれば「何となく」としか答えようが無い。 けれども、それが島と古代教官だな…と思った。
    間を置かず、2人の話は終わったらしくて。 島だけが踵(きびす)を返して、こちらに。
    教官が何か言ったらしく、島は軽く手を挙げて答えていたようだが、全く振り向かないままで。 そんな島をまだしばらく見送っていた教官も、向こうに歩き始めていった。

    そこまで見届けてから俺は、その窓辺を離れた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「遅かったな、何か失敗でもやらかした?」
    俺がゆっくり1階に降りるのと、島が校舎に戻って来たのは殆ど同時になって。
「しない。 お前じゃ有るまいし」
「やってないよ、俺だって。 俺が、失敗しかしてないように言うなよ」
いつもと何も変わらない、少しばかりふざけたやり取り。
    …そこまでは。
「だって…古代教官と居ただろう、滑走路脇に。 神妙な顔して」
…最後は、嘘。 滑走路脇なんて、表情なんて読めるような距離じゃない。 3階から見ていた俺には、島が校舎に程近い所に居たとしても、見下ろしてしまうから、その表情なんてはっきりと分かるはずなんて無い。
「…ちょっと、話してただけだ。 古代さんと」
    ああ…やっぱりね。 「古代さん」と、なんだな。 教官…ではなく。

「鳥網(となみ)…お前、やっぱり…知ってたな?」
    数歩の無言の後に、島の方から。
「そりゃ…ね。 悪いけど『島』って姓を聞いて、『ヤマトの航海長』を想像しない奴なんて居ないだろ。 訓練学校(ここ)には」
島の方から、そうと話を振ってきたんだから、俺も全く正直に答えて。
    そして…また、数歩の無言。
「結構…喰わせ者だな、お前は」
「人聞きの悪い事を、そうはっきり言うなよ」
    それから2人、思い出したように苦笑した。

「お前も、俺の…後ろに兄貴を見てた訳?」
「いや…見てないよ。 俺が見てたのは、多分…ヤマトという名前の『戦艦』そのもの…だけ」
    俺の言葉は、島にはやっぱりちょっと意外だったらしい。
「乗ってた人間なんて、俺にはどうでも良かったんだよ。 ここに入学(く)るまで、その航海長が誰か…なんて知らなかった」
    大した手間も無く調べられる事さえ、そうやって知らずにきたくらいに。 流石に…艦の名前に付いて廻る、艦長の…古代教官の名前くらいは否応無く知っていたけれども。
「俺が…お前に、ヤマトに関する事を何も、全く口にしないできたのは…嫌だったからだよ」
    意外さに、島は足まで止めてしまうから。 1歩先に進んだ所で、さっきまで並んで歩いていた相手を振り返って、立ち止まって。
「口にもしたくないくらい、俺は。 あの『戦艦』が、大嫌いだったんだよ」

        ◇     ◇     ◇     ◇

「俺の親父は、99年に死んでる。 …冥王星で」
    歴史にしてしまうには、まだ近過ぎる過去。 だが、記憶としては…相当に遠い時間。
「だから…どうしても考えるんだよ、色々と。 生き残っていたら、乗ってたかな…とか。 もう少し…早く、完成していたら…とか、な」
    やっと思い出したように、今度はひどくゆっくりと歩き始めた島に、また並んで。 何も言わないその目を、十二分に感じてもいながら。
「だから、ずっと。 あの艦は、俺にとっては『腹立たしさの対象』でしか無かった」
それでも、ここまで来て。 一旦解放した言葉は…もう、止まらないから。
「…8年前に、失くなってしまうまで。ずっと」
    俺の言葉を黙って聞いている、島にとって「8年前」にどういう意味が在るのか、もう分かり過ぎるほど知ってはいるけれども。
「失くなって…お前には悪いけど、俺は…嬉しかったよ。はっきり言って」
俺にも俺の、ひどく大きな意味が在るから。
「もう…見なくても、話を聴かされなくても済む…と思ったから」
    またしても、数歩の無言。 俺に、言う言葉が無くなったのではなく。 流石に…少し、考えてしまっていたから。
「だから…また、思い出すから。 だから…俺はお前が最初、嫌いだったんだよ」
現在の友人に、今でないとは言え嫌悪をはっきりとぶつけてしまう事を、流石に。
    ただ、自分の言葉に煽られた自身の感情は、どうしようもなく素直だった。

    夢に、写真で見たまま…まだ若いままの親父が。
    にこにことして、既にこの図体にまで育った俺を、別れた…時のままの幼い俺を相手にするように、やたらと構ってきて。 夢の中の人に、鬱陶しさを感じて…目覚めるほどに。
    …そんなに俺を構って、遊びたかったと言うなら、死んだりしなければ良かっただろう?
    いきなり「父親」を奪われた俺は…こんなに、構ってほしかった…と心の底では願っているのに。

    失って、もう目に見えないものへの憤(いきどお)りを。 その頃新しく、目に見える形で在った「巨大な戦艦」にすり替えて。 そうして保ってきた、ギリギリの安定。
    意識の中に…目の前に、大きく邪魔をする艦。 それに対して、悪態を吐いていただけの俺は、その裏側に。
    その艦に、普通以上に想いが在りながら…在り過ぎて、背を向けて。 振り返りたくても振り返れない、島が居る事なんて…気付きもしないで。
「だけど…楽だったんだよ、俺は。 お前と一緒に居る事が」
    居場所を、あの止まった時のままのあの時間から、訓練学校(ここ)に移してみれば。
「お前は…ヤマトの事を何も話さないから、すごく楽だったんだよ」
反対側に居た、島が見えた。
    今の俺には、まだ。 島しか見付けられないで居るけれども、恐らくは…まだ何人も居るんだろう。
「だから…お前は、きっと『お兄さんの話』が聞こえてこない方が、楽なんだろうな…と思った」
多分、あの戦艦の中にまで。 きっと…古代教官も、その1人でしかないんだろうな…と。
「…それだけだ」
    関わった距離が、遠かった分だけ。 俺は…少しだけ早く、諦めが付いただけの事。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    さっきよりも、はっきりと紅(あか)くなっていく空。 直接射し込む訳でも無いのに、同じように染まっていく廊下。
「…訂正、して良いか?鳥網?」
    校舎なんて疾(と)うに通り過ごして、寮の中。 それだけの長い時間を、どちらも押し黙ったままで歩いて来て。 やっと、今頃。
「お前は『ものすごい』喰わせ者だ」
    どちらかと言えば、女相手に披露した方がもっと良さそうな、そこまで見事な…俺でさえ初めて見せられる、島の笑顔に。
「…さっきより、悪くなってないか?」
「褒め言葉だよ。 『ものすごい』…と言っただろう?」
「褒めるつもりなら、普通に褒めろよ。 分かりにくいなあ、もう…」

    俺も初めて、本当に…素直に、屈託無く笑えるよ。

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Last Update:20040818
Tatsuki Mima