ねえ…今、何処に居るの?
…元気で…無事で居るの?
◇
◇
◇
◇
攻撃に、はじけ飛ぶ画面。
火を噴(ふ)くコンソールを捨てて、駆け出す。
星の下、危なく振り返ってみれば…崩れ落ちていく建物。
…脆いものだな。
あれが…数十隻という大艦隊の、頭脳にして指揮官。
指揮下に置く艦ほどの装甲さえ持たず、わずかな攻撃にあっさりと燃え上がっていく。
炎の色は、目の前のコントロールセンターだけでなく、街の上に…大きく。
その明るさを背景にして、小さく、素早く飛び廻る黒い影。
時折、断続的な光線を吐きながら。
眺めるのは…官舎(いえ)の在る方角。
やはり、そちらにも炎の色。
そこには…君が居るはずなのに。
何処に、行くんですかっ?
色んなものの崩れ落ちていく音に負けないように…と、叫ぶように背後から投げ付けられる声。
それと意識無く、君に寄ろうとして踏み出していた…この足。
護りたい…護らなければならない人が、あちらに居るはず。
投げ付けられてくる言葉なんて振り切って、駆け出してしまいたいのは…とても正直な自分の気持ち。
…けれども、それは。
この事態に、軍に籍を置く者としては…取るべき正しい行動では無いから。
君よりも…まだ先に、この地球(ほし)を護らなければならないから。
後ろ髪…どころでは無く、身体中抱えられて引き摺られるような、強い…未練という名の引力。
それを、無理矢理断ち切るように背を向けて。
撃ち倒されてしまった、君。
今更…悔やむ、何故…その時に君の元まで駆け寄らなかったのか…と。
君を抱えて飛び込めば、まだ間に合ったかも知れない。
君だけを投げ込むようにして、僕が取り残されたとしても…君の無事が信じていられる分だけ、今よりきっとマシだった。
2人して取り残されてしまったとしても、君が傍に居るのなら…恐らくは、今よりマシだっただろう。
…だが、実際には僕は。
一際、甲高くなるエンジン音。
この手を君に差し伸べて、君が…この手を掴んでくれると簡単に信じて。
わずかずつだが、確実に浮き上がっていく連絡艇。
遠くなろうとする距離に、匐(はらば)うようにして、身を乗り出すようにまでして。
まだ、君が…この手を捕まえてくれる事を、ただ祈るようにして。
そこで…飛び出せば良かったんだ、僕は…。
互いを捕まえた、僕の左手と、君の右手。
僕は、不自然な体勢の上に利き腕でも無く。
君は、たった今負傷したばかりのか弱い女性でしか無く。
離したくない、離れたくない。
そんな想いなんて嘲笑(あざわら)うかのように、君の指は力を失くしながら滑っていく。
最後に…指先だけで繋がっていた、一瞬。
しかし、足掻(あが)きもそれまで。
君を、あの高さから突き落としたのは…僕だ。
他の、誰でも無く。
「死」から逃れ出た、地上。
こんな時でも変わらずに蒼い空の色を、つくづくと眺める暇さえ無く。
昔…否応無く見慣れた、地下に。
画面に見ていた、破壊され炎上する街。
つい最前、この目で確認した焼け焦げた建物の残骸たち。
駆けながらも…ちらりと見遣(みや)った、日常を暮らす官舎(いえ)。
まだ、司令本部が機能している間。
報告されてきたのは、政治的・軍事的拠点ばかりの被害。
それから…明らかに、住宅過密地を狙っての攻撃。
軍事的拠点の最たるもの、司令本部に至近の距離と言っても。
その…どちらでも無い、軍の官舎に居たのなら…きっと、君は無事だ。
そう…思わなければ、やっていられない。
そう…信じなければ、ここに立ってなんか居られない。
◇
◇
◇
◇
約束したわ、貴方と。
何か…事の在った場合には、貴方の言葉に従って、逃げ惑ってもみせる…と。
このような事態を想定しての、約束では無かったけれども。
おかしな話ね…一度は、棲む惑星(ほし)と共に滅んでいく事も、善しとしたと言うのに。
もう一度、貴方に逢って…約束は守りましたよ…と言う為だけに、こうやって永らえる努力を払っているなんて。
侵略者など、かつて…隣に居た人たちと同じね。
屈辱など隠して、諾々と大人しく従っている限りは、最上段から見下ろしながらも…寛容だわ。
不自由は有ります、力をもって従わされているのですもの、当然の事…ね。
それでも、生き永らえる為には不都合は無いわ。
せいぜい逆らわず、大人しく…銃口を向けられぬよう努めていれば良いだけですもの。
毎夜のように、騒々しい闇。
生命を惜しまず、この地球(ほし)を解放する為に戦っている方たちの、理念と信念の騒がしさ。
…貴方も居るのですよね?
その場所に…。
忘れては駄目よ?
貴方は、私を護る…と約束したわね?
ここに…私の居る場所に戻って来なければ、その約束など果たせないのですよ?
還っていらっしゃい、無事に…。
ここに…。
見たくなんて無かった、もう二度と。
争いに、壊れていく街なんて。
失われていく、人の生命なんて。
いつかと同じ…祈る事しか出来ないでいる、私。
いつかと…違うのは、それがあの時のようには滅びを呼ばない…という事だけ。
最初のあの夜を、無事で逃れていますよね?
しなくてはならない事が在る為に、私の所に帰って来られないでいるだけ…なんですよね?
全てが終われば…また、私は貴方の傍に居られるのですよね?
1人で居ると、否応の無い不安がそろそろと忍び寄ってくる。
それを振り払う為にも、ただ…ひたすらに祈り続けている。
あの日、目覚めた時。
貴方はまた、宇宙(そら)に居た。
貴方らしく、せねばならない任務(こと)の為に。
だから…きっと、今もそうなんですよね?
私は…忘れられた訳なのではなく、貴方が…何処にも居ない訳なのではなく。
嘘よ。
いいえ…何かの間違いよ、そうに決まってるわ。
貴方が死んだ…なんて、信じない。
そんな事…有り得ない。
だって…貴方は、どんな所からでも必ず還って来たわ。
びっくりするような大怪我をして…の事だって、有ったけど。
それでも、ちゃんと戻って来てくれたわ。
…逢えるわよね?
きっと、また…逢えるわね?
私だって、こうやってしっかり生きているのよ。
私よりずっと、ずっと運の良い貴方なら、無事に決まってるじゃない。
ねえ…?
そうでしょう?
でも…無茶も、きっとしてるわね。
怪我なんて、してるんじゃないでしょうね?
嫌よ、もう…。
私は、貴方の手当てをする為に看護師になった訳じゃ無いのよ?
分かってるの?
私は、私の仕事をするわ。
ここで…出来るかも知れない事が有るの。
その為に…きっと、私は地球(ここ)に残ったのよ。
…そうよね?
だから、貴方は貴方の仕事をして。
私より、ずっと簡単で、楽なはずよ。
だって…皆、貴方と一緒に居るじゃない。
失敗なんて、絶対許しませんからね。
◇
◇
◇
◇
お父さまが、ご無事で良かったわ。
でも、まだ画面にも見ていないし、声も聞いてないんだけど。
お義父さまも叔父さまも、他の皆も。
黙って座って見てるようなお父さまじゃないから…って、仰るのよ?
後から…何かして、お怪我なさっていたり…なんて無いのよね?
お母さまこそ、ご無事でいらっしゃるのかしら?
分からない分だけ、その方が…心配だわ。
でも…きっと、大丈夫よね?
お母さまの事ですものね?
もうすぐ、お父さまにもお母さまにも逢える…一緒に暮らせると思っていたのに。
私は、余計に…お2人からも、地球からも離れていってるわ。
皮肉な話。
…でも、待っていて?
お義父さまと、叔父さまと…一緒に、きっと還るわ。
それから…一緒に暮らすのよ、3人で。
◇
◇
◇
◇
…ったく。
兄弟揃って、何て…間抜けた話だよ。
惚れた…女の、手を離すなんて。
呆れたとも、お前には。
一体、何の為に…雪を、とっとと有人機基地に行かせたと思ってるんだ?
命令書を渡すだけなら、その辺の誰か…相原にでも持って行かせたさ。
この異常事態、炎上する街に…お前は何を考えた?
軍人として…じゃない、お前個人として。
ちら…とも、雪の事を思わなかったなんて…言わないだろう?
俺が…スターシャの事を、考えないではいなかったように。
叫声を残して、通信がいきなり途絶えても。
俺は、お前が死んだなどとは考えもしなかった。
立場が逆だったとして、多分…お前もそんなもんだろう。
お前は…俺も、そんな事にも生き残る為の訓練と知識と、実際に永らえてきた経験が有るから。
そうと容易(たやす)く、信じていられる。
それならば…スターシャは?
昔も今も、雪ほどにさえも戦いに関わらずに、そのための術(すべ)を知らないままに生きてきた女は、あの壊されていく街の中に…どうしている?
うかうかと、その無事を否定しそうになる正直な不安。
いいや…生きているさ、間違い無く…。
敵兵と銃口を目の前にしながら、運有って雪が生き延びたのなら。
その程度にはきっと…スターシャにだって、運は付いて廻ってるさ。
…きっと、な。
ほら…やっぱり生きていたでしょう?古代君は。
私の、思っていた通りだわ。
最初から、分かり切ってた事よね。
島君が操縦席に居て、目的地に着かないなんて…無いじゃない。
真田さんの居るイカルスに…ヤマトの在る場所を目指していて、古代君が死んだりするはずが無いじゃない。
…やだわ。
私…何を、泣いてるの?
ものすごく当たり前の事を、今更…確認しただけの事じゃない。
たった…それだけの事なのに。
メインパネル一杯の、愛しい顔。
淡々として、無駄の無い言葉。
そんな…仕事の顔。
雪は生きていた、無事で居てくれた。
この…切羽詰った時にも、重核子爆弾の起爆装置解体成功という事さえも、半ば聞き流してしまうほどに、その事だけを。
40万光年を隔てた、甘さの許されない再会。
いや…今は、これ以上の何を望む?
どれだけ、そうと信じていても。
冷静になればなるほど、生きているとは到底思えないでいた雪が、それを覆(くつがえ)して生きていてくれて。
今すぐに、逢いたい…抱き締めたい。
追い立てられている状況に、それはわがままどころでは無く。
光さえ跳ぶ艦でも、安々舞い戻れるはずも無い距離に、それは不可能以外の何物でも無く。
まだ終わらない、だから…まだ還れない。
だけど…必ず、生きて戻るから。
…信じても良い?
正直、諦めてもいた雪がこうやって、画面の中に動いて…話しているからには。
すべき事を見失った訳じゃない、あの状況にもその重さが変わった訳じゃない。
仕方無く秤に掛けて、これも…結局は君を護る事になるのだと、無理矢理のように信じ込んできただけ。
傍に居る以上に、その存在を信じられる事なんて無い。
せめて、その姿を…その声を。
何も知らされないままに、真っ直ぐ信じていられるほどに強くなんて…無い。
信じていても、構わない?
君も、雪と同じように。
無事で…生きて、地球にいてくれるのだと。
あの官舎(へや)に変わらず…居て、待っていてくれている、と。
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ねえ…今、何処に居るの?
…元気で…無事で居るの?
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Last Update:20040906
Tatsuki Mima