賭けようか?:02

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    只今、仕事中。 後ろから名前を呼ぶ声に、正直「またか」…と思ってしまった相原だ。
    作業のキリの付くまで放ったらかしておいてから、やっと振り向いて。
「ま…た、勝手に入って来る〜っ」
いきなり、その言い草。
「たまには、他のセリフ無いんですか?」
だが、後ろから声を掛けてきたのは、それくらいの言葉ではびくともしない南部である。
    どうして当たり前のように、中央司令室に紛れ込めるんだろう。 毎回思う事だが、誰もそれに答えてくれる訳では無かった。
「…まだ、産まれてないからね?」
    いつもだったら「何しに来たんだよ?」…と訊くところだが、今日に限ってはどういう用件で南部が来たのか、はっきり予想の付いていた相原だったから、最初からそう。
「え〜?」
    言われて南部は、ものすごく不満そうな表情(かお)に、そんな声。 感情を外に出すのも、少しは場所を考えて言ってよ…と。 思わず相原は、周りを見渡してしまった。
「予定日になってるから、期待して帰還(かえ)って来たんですよ〜?俺」
「…雪さんに言ってよ、そんな事…」
    相原の言う事は、ごもっとも。
    つい2日ばかり前に、出産予定日を迎えて過ぎたのは「古代さんちの若奥さま」なのだから。

    今日、それもついさっき宙港に帰還(もど)ってきたばかりの南部だから、司令本部(ここ)には当然書類の提出に来た訳である。 何も…決して、相原の仕事の邪魔をしに来たのが、目的の第一ではない。
    昼の休憩に食堂で逢う事を約束しておいて、とっとと追い出した相原だ。 そうしないと、いつまでも邪魔されて仕事が進まない。
「…はい?」
    その約束通りに、午前中の仕事を時間に合わせて終わらせて。 それぞれが昼食を前に置いて、顔を突き合わせて。
「いや…だから、賭けてるんですよ」
    何を…は訊かなくても、想像は付く。 十中八九間違い無く、生まれてくる子供の「性別」だ。
    まあ…その事自体はとても「めでたい話」だから、それを賭けのネタにしてしまっても…何となく許容出来てしまうのだが。
「誰と、だよ〜?」
古代だけを巻き込む事ならばともかく、うっかりすれば雪まで「敵に廻」しそうな賭けに加わろう…という人間には、どうしても思い当たらない。
「え?参謀ですよ、他に居ないでしょ?」
    あっさりと言い放ってしまう南部に反して、つい…額を抑えた相原だ。
「…誰を巻き込んでるんだよ〜、も〜っ」
「俺が巻き込んだ訳じゃ有りませんよ、失礼な」
「…え?」

    話に食事の止まってしまった相原を目の前に、南部はまた一口放り込んでおいてから。
「最初、真田さんに持ち掛けて蹴られたみたいですよ。参謀」
…と、そう。
    頭脳(あたま)の良い人間に有りがちな、冗談を全く解そうとしないような部分は、あまり無い真田だが。 そうかと言って、ふざけ過ぎるような事も絶対に無い。
    それほど考えなくとも、そういう話に乗ってきそうかどうか…分かり切っているはずなのに。
「何…考えてるんだよ、参謀は〜っ」
「俺が知る訳有りません、そんな事」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    頭では分かっている。 予定は未定、ましてや…人間という生物の為す事だ、その通りにならない事など百も承知、二百も了解。
    だから…と言って、泰然自若としていられるものでも無い。
「…艦長」
    まだ年若い艦長に、それよりは少し年嵩(としかさ)の副長が声を掛けてきた。
「現在(いま)の所、予定通り…公開は順調です」
    我が艦の艦長の事である。 その奥方が臨月を迎えていて、予定日間近だか少し過ぎた頃だか…という事など、良く分かっている。
    2度目、3度目…となればともかく、若い艦長にとっては最初の子供だ。 理解とは違う部分で「悪い事」を考えてしまって、苛々と落ち着かないのも仕方が無い。 既に、小煩いほど喋って走り廻るような子供を持っている副長から見れば、そういうのも微笑ましく映らないでも無い。
    …だが、それも限度が有る。
「ですから…」
艦橋には、能力に優れていても経験の少ない、まだ新人と言って良いような者だって居るのだ。 落ち着きの無い艦長の姿など、指揮を下げるだけでしかない。
「うろうろ歩き廻るのは、自室(よそ)でやって下さいっ!」
    副長のその言葉と同時に艦橋の外に放り出された、護衛艦艦長として乗務中の…古代だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    胎児(こども)も胎児なりに、父親が家を空けている事を感じていたのかも知れない。
    予定日がごく間近になっても、通り過ぎても、何も無かったかのように大人しく胎内に居続けて。 数週間振りに帰還(もど)ってきた古代に、雪が「お帰りなさい」…と言うのを待っていたように。

    まだ奥さまは、産後の入院中。
「…兄さ〜んっ?」
嬉しい理由の「別居」の最中に、古代がとっても不機嫌そうな訳は。 それはやっぱり、その「理由」がネタの賭けを聞き付けたから…である。
「やだな〜、古代さん。 そんなに怒んなくても、ねえ?」
「お前もだっ!南部っっ!」
    年齢の離れている所為だろう、ここまでになっても未だに子供扱いしてくれる実兄も。 何かと言えば、こういう事をやらかしてくれる元の同僚も。 どちらもこういう性格なんだ…と嫌と言うほど承知しているつもりではあったが、嬉しさに水を注されたみたいで気に入らないのも、実際。
    だから、今こうやって古代が噛み付いている訳である。
「喰うのと飲むのと、どっちが良いんだよ?」
「え〜? どっちも参謀と顔突き合わせて…だと、楽しく無さそうなんですけど〜」
    …だが、しかし。 古代のそんな話を、大人しく聴いてくれるような2人でも無かった。

「いや…だって、島さんの所が女の子でしょ? 古代さんなら、それに絶対『合わせてくる』と思ったんで」
「だ…れがわざわざ、そんな事合わせるか〜っっ!!」
    合わせようと思っても、そんなに簡単に男女の産み分けが出来るはずが無い。 第一、元からそんなつもりなどさらさら無かった古代だ。
「…何か、ものすっごく納得出来るんだが」
    但し…その理由も兄には、十二分に受け入れられたらしい。
「そう言や、参謀は何で男の子だと思ったんです?」
相変わらずマイペースな2人は、そこで吠えている古代を全く放ったらかして、とっとと勝手に話を進めていく。
    …と言うより、隣や周りで誰がどう騒いでいても全然平気な2人である。
「いや…サーシャが、ああだろ?」
「…はい?」
「もう、古代(うち)の遺伝子を持った女は要らないな〜…と思ったんだよ」

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Last Update:20051005
Tatsuki Mima